シンポジュウム「事例中心にみる統計科学の現代的価値」の報告

 

                     柳川 堯 (久留米大バイオ統計センター)

 

統計関連学会連合大会初日の93日に標題のシンポジュウムが日本学術会議統計学研究連絡委員会と統計関連学会連合大会との共催で開催された。出席者は約210名であった。まず、竹村彰通氏(日本学術会議統計学研究連絡委員会委員、東大教授)から、統計科学は100年の歴史を持ち数学、経済学、工学、医学、心理学と関係しながら汎用的な科学的手法を開発してきたが、計算機技術の発展の中で多量データが蓄積しその解析法をめぐって、若い計算機科学の中で枠組みにとらわれない自由な発想が生まれてきている。統計科学も変化していかなければならない。統計科学の現代的価値を改めて考えてみることにより今後の発展をはかりたいというシンポジュウム開催に当たっての挨拶があった。挨拶の中で、大学の法人化の中で研究費の配分がプロジェクト主義に変化したこと、プロジェクト主義には弊害もあるが、統計科学はその流れに対応し現実の問題を取り上げていく必要があること、プロジェクト主義の中で若い研究者がポストドクとして採用されているが研究者の養成という観点からその後のポストも考えていかなければならないことなどの指摘もあった。次いで柳川 堯(日本学術会議会員)が本年4月に一部改正された日本学術会議法に関して新日本学術会議会員や連携会員の選出方法等を紹介し、安田裕司氏(東京三菱銀行オペレーションサービス企画室調査役)、鎌谷直之氏(東京女子医大膠原病リュウマチ痛風センター所長)、北川源四郎氏(統計数理研究所所長)による講演が行われた。3氏の講演概要は以下のようであった。

 

安田裕司氏「金融機関における統計科学の価値」

金融工学、ファイナンスの分野で統計学が重要な役割を果たしていることはよく知られている。しかしながら、経営管理・リスク管理の場面での役割や価値についてはよく知られているとはいえない。安田裕司氏は、金融機関における総合リスク運営・管理について解説し、その各場面において統計的方法や考え方がいかに用いられているか、またどのような重要な役割をはたしているかについて、現場の視点から紹介した。金融機関には、信用リスク、市場リスク、事務リスク、流動性リスクなど多岐・多様なリスクがあるが、安田氏が焦点をあてた総合的リスク運営・管理とは、さまざまなリスクを特定して、可能な限り統一的尺度で統合化し、計測・コントロール・モニタリングし、そのプロセスを検査・監査することによりリスクに見合った収益の安定的計上や適正な経営資源の配分を目指す総合的プロセスを指している。話題として、リスクを織り込んだ経営指標、信用リスクの計量化、予想損失と潜在損失、プライシング政策、掛け目割れローンなどが取り上げられた。例えば、掛け目割れローンでは、多変量モデリングでスコアリングを行い担保不足だが信用度の高い客にローンを出すなど、各話題に関して統計学の興味深い使われ方や重要性が紹介された。講演の最後に、金融機関現場からのメッセージとして、現場ではいつも定量vs定性、データvs経験、science vs art が問題になり、両者のバランスをとっていくことが極めて重要で、バランスがとれる人材が必要であること、そのためには高等学校や大学での統計教育をしっかりして欲しい、また社会人の再教育をも行う必要があるというアッピールがあった。

 

鎌谷直之氏「統計科学における遺伝学の位置づけ」

まず、連鎖解析の仕組みが解説された。連鎖解析とは、複数の座位の位置関係を家系の観察データに基づいて選定し、特定の表現型に関係した遺伝子を特定する方法である。家系の観察データが得られたときその尤度を遺伝の法則だけで記述しパラメータの推定・検定を行う。このとき、尤度関数は10^100個のオーダーの和で記述されるのでまともには計算できない。様々な工夫が行われていることが紹介され、その1端が示された。次に、日本における腎不全が起こって痛風がおこる家計を対象として講演者が行った連鎖解析が紹介され、その結果uromodulin遺伝子の突然変異が原因であることが解明された事例が示された。原因遺伝子が突き止められれば、治療法の開発や診断法の開発が可能となる。新しい遺伝子の発見はもはや重要ではない。今後は、特定の遺伝子と表現型が関係するという証拠を得ることこそが重要であり、その証拠を与える遺伝学と統計科学がますます重要であるとの指摘があった。最後に、連鎖解析にはパラメトリック解析とノンパラメトリック解析があること、また、連鎖解析のほか連鎖不平衡解析、ハプロタイプ解析、個人のデュプロタイプ解析などもあり海外ではこれらの話題が急速に進展し目覚しい成果が上がっているが日本では遺伝学、統計科学のどちらの分野も教育・研究体制が極端に弱い。これからの日本では、遺伝統計学が極めて重要になる。遺伝学と統計科学は協力して教育・研究体制充実を図るべきであるということが力説された。

 

北川源四郎氏「情報社会における統計学の役割」

まず、独立行政法人化の下で大学共同利用機関の機構化が紹介され、その中で統計数理研究所は枠組みとして今後の学問の中心としての立場を得たこと、今後はこの枠組みを利用してどのような社会的貢献を行い新しい成果を上げるかがが問われているという統計数理研究所の簡単な現況紹介があり、本論に入った。本論の基調は、21世紀の特徴を情報社会、リスク社会と位置づけた上で、統計科学はこの二つを重点的にとらえていく必要があるという主張であった。この主張を裏つける説得的な興味深いいくつかの話題が語られた。情報化社会のデータ環境の激変として、物理実験・観測データ、POS・マーケッティングデータ、金融高頻度データ、DNAデータ、環境データ、防災関連データを例に上げ、そのどの分野でも1日ギガバイト単位の多量データがたまること、このような大量データとの出会いは人類にとって初体験であり、大量データから情報を抽出して将来予測、知識発見をおこなうための統計数理の方法がいま最も必要とされていることが指摘された。また、大量データの解析ではデータからの情報と、データ以前の知識を統合してモデル化を行うことが重要であることが指摘され、講演者が開発した状態空間モデルを適用した地震データの解析など興味深いいくつかの事例が紹介された。事例の中で、大量データのモデリングでは解析的に解けないものもありMCMC, Bootstrapなどの数値的方法も必要であるとの指摘もあった。リスク社会については、国の重点領域として安心・安全な社会が取り上げられており、そこでは気象・地震、金融・経済、生命・環境、安全性(医薬品、食品、交通)巨大複雑システムなどのリスク評価・管理が問題とされている。不確実性モデリングとリスク管理という立場から、統計科学にとってもこれらの問題は重点課題として取り組んでいく必要があることが強調された。最後に、アメリカNSFの動向が紹介され、NSF6っの重点領域の中にMathematical Scienceが入っておりその強調分野として1. 巨大データに関する数学的および統計的挑戦、2. 不確実性の管理とモデリング、2.  複雑な非線形システムのモデリングが取り上げられていることが紹介され、統計科学は今後ますます重要になっていくと確信しているという言葉で講演が締めくくられた。

以上